名古屋・岐阜・全国 心理カウンセリングオフィス「ココロのきもち」は岐阜、名古屋、東京、全国対応の小林真直のオフィシャルHPです。

プロフィール

プロフィール

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  • 名前 :小林 正直
  • 生まれ :1964.2.6
  • 出身地 :岡山県津山市
  • 星座&血液型 :みずがめ座のB型
  • 身長 :170cm
  • 体重 :太め
  • 趣味 :ゴルフ 沖つり キャンプ
  • 座右の銘 :「人生があるから夢があるのでは無い
    夢があるから人生があるのだ。」


    1964.2.6 岡山県生まれ
    心理カウンセラー
    催眠療法セラピスト
    真言宗 醍醐派 僧侶(岐阜県 善光寺安乗院にて得度)
    フランス料理 イタリア料理 調理師
    高校卒業後 大阪のアパレル会社に勤務 一年後 フランス料理の魅力に引き込まれ調理師となる
    その後 24歳と言う若さで 料理主任に抜擢され 料理はもちろん スタッフのマネジメントをこなす。
    その後 活動場所を岐阜に移し 新たなチャレンジとして1997年 イタリア料理店のシェフとして迎えられる。
    2002年に既存のレストランを引き継ぐと言う形で独立
    その後自分の傲慢さが原因で2004年廃業 
    人生最大のどん底を味わう。その時の所持金わずか50円。
    しかし その経験から多くを学び 心の悩み 不安を抱えた 多くの方(特に働く女性)を応援する事を決意し 心理カウンセリング を学び 2005年より 心理カウンセラーとして独立 2010年現在 カウンセリング回数1500回 延べ700人の方のカウンセリングを行っています。

経歴

  • 1964年:岡山県津山市に生まれる。
  • 岡山県作陽高等学校を卒業後、アパレル関係で仕事をするが、
    1年後、調理士となる。
    大阪・京都と洋食の調理で修行をする。
  • 1994年:結婚。一児を得るが、1996年離婚。
  • 1996年:大阪での生活に疲れ、岐阜へ移住。
  • 2002年:イタリア料理店を開店。
  • 2004年:営業不振に陥り、イタリア料理店閉店。
    この頃より、心理カウンセリング、催眠療法を学ぶ。
  • 2005年:心理カウンセラーとして活動を始める。
  • 2006年:メンタルセラピー「ココロのきもち」主宰となる。
    主に働く女性へのアプローチが多い
    だが、経営経験からも来るそのアプローチは、多くのビジネスマン 経営者からも相談を受けている


さあ 楽しもう

こんにちは 小林正直です。

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楽しんでますか~!!

僕は 自由が大好きです。なんでもありです。
ただし
「すべての責任は自分にある」とも思っていますよ。

でも最初は こんな風に思っていませんでした。
「~はこう在るべき」とか「~は間違っている」とかね・・・

幼年期

幼年期の僕は あまり育てられたという感覚がありません。
物心付いた頃は 父親はいませんでした。母と兄はいました。
いつも 何 してたんだろう?

こんな事は覚えています。
母に怒られたとき 手にお灸をされました。熱かったな~・・
友達と遊んでいる時 友達は お小遣いがあり 駄菓子屋で何か買っている。
僕はお小遣いが無かったので 我慢しました。
春休み 夏休み 冬休み お婆ちゃんの家に預けられていました。
おじさんもいました。その子供も・・・
でも いつも 一人でした。
すべて仕方なかった事です。
母一人であの頃僕と兄を育てる事は並大抵の事では無かったと思います。

でも 自由でしたよ。何でも自分で出来ていましたから・・・

小学生の頃

小学一年生の頃 あまり勉強できる子ではありませんでした。
でも 授業中 何か質問されると 手はあげていました。指してもらうことは無かったけどね。
それを 母に言うと 母は先生に言いました。
次の日 先生は みんなの前で
「小林君は 手を挙げても先生に指して貰えないそうです。小林君は手を挙げていますか?」
と問いかけました。
みんなは「え~」と言いました。
僕は2度と母に「言わない」「手をあげない」と決めました。

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こんな事もありました。
母がいないので 僕は 休みの日 学校から貰った映画の
チケットを持って 一人で
子供映画祭りに行ってました。そこで知り合った親子のお母さんに始め親切にして貰ってたんですね。そして 映画が終わり 出てみるとそのお母さんが 僕を指さして
「あの子よ!」と言われました。
映画館の人が僕のところに来て
「僕 カメラ盗ったんか?」と聞くのです。「盗ってないよ」と言うとそのお母さんは
「あの子しかいない!あの子が盗ったのよ!」と言われました。
僕の頭は 真っ白です。「なんで~」という思いでした。
でも その後 母が飛んできて 「本当に盗ったのか?」と聞くので
「盗ってない!」と言うと母は そのおばさんに 問い詰めました。
すると おばさんのかばんの中の奥のほうからカメラが・・・・・・・
僕の濡れ衣は晴れました。しかし・・・・・
イジメにもあい 登校拒否にもなったなぁ~そして
怒られたなぁ~「甘えるんじゃない!」って・・・(笑)

中学生の頃

この時は 一番楽しかった時かなぁ~
野球 柔道 新聞配達 色々な体験ができました。
野球では 多くいる新入部員の中でも最初にスパイクを履いて練習をさせてもらったし
柔道では 始めて間もないのに 県大会にも出場できたし
新聞配達では自分でお金を稼げるという実感から大人の仲間入りをした気分を味わえたし・・・楽しかったですよ。

高校生の頃

この頃も 楽しかったですよ。
先輩にも可愛がってもらったし 
それなりに彼女もいましたし・・・・

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しかし 一回だけ裏切られました。
信じていた友人に・・・・
ある日 家に空き巣がはいりました。
母は 僕の友人を犯人だと言いました。
僕は 怒りました。
「僕の友人がそんな事す訳ない!お母さんのほうが間違っている」とね・・・
そして しばらくすると 犯人が捕まりました。
犯人の名前は ○○です。そう 僕の友人でした。

「情けなかった~」 

そして 母の勝ち誇った顔が・・・・人を信じられなくなった瞬間でした。

ここで言っときますね。母は 素晴らしい人ですよ。

ただ 母一人で僕達を育てなければいけなかった。

そして 周りに助けてくれる人たちは誰もいなかったのです。

そして ただ一生懸命で余裕がなかっただけです。

独身時代

やっと母から離れられ一人大阪にきました。
何をやっても自由でした。責任感もありませんでした。
いろいろ遊びもしました。
しかし 仕事では 先輩には可愛がられますが 同期には嫌われました。後輩にも・・・

それでも良かった この頃は・・・同期のやつらを馬鹿にしていました。
僕とお前らは違うと・・・・ 自分で働いて 高校を卒業したという自負がありましたから・・・

結婚から現在

29歳の夏 僕の友人より一人の女性を紹介されました。
初めて見た彼女は とても美しく 顔は 芸能人で例えるなら 内田有紀そっくりの スレンダー美人でした。話をしてもとても気さくで 好感をもてました。だってね当時僕は 105キロもあるただのデブでしたから・・・・・(笑)
そして 僕は 交際を申し込みました。すると するとね

「付き合っても良い」という返事が・・・・・
奇跡です。
そして なぜか 交際3ヶ月という速さで 結婚 幸せ・・・・・・・・・・・・・になるはずでした。

しかし 結婚して しばらくすると 喧嘩の日々が続きました。
それは お互いの価値観の違いからです。

そして 僕の傲慢な考えによるものでした。

それでも 子供は 生まれました。
しかし お互いの価値観の違い 育った環境の違い 親の事など いろいろな事が原因で結婚して
1年と半年と言う早さで離婚する事になったのです。
今だからこそ解るのですが すべては 自分の傲慢さが原因です。
そして 自分と同じように 父のいない子に してしまいました。・・・・・・

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そんな中 大阪を逃げるように 知人を頼り 岐阜へ移住しました。
岐阜で調理師として仕事をし 結果 自分で経営できるレストランも開業する事ができました。

しかし ここから 僕の自分探しの道が始まりました。

オープン当初は順調でした。

しかし・・・・・・・・・・・・

ここでも 傲慢さがでてしまったのです。
働いてくれる従業員 アルバイトの皆さんに 昔 母から言われていたことをそのまま自分が言っていたのです。
嫌なはずだったのに・・・・・・・・
そして 気がついた時には 一人でした。

出てくる言葉は

「何でだ!俺は間違った事はいっていない。あなた達の為に言っているのに・・・」

そんな中 出会ったのが 精神世界 自己啓発の本 成功者の方が書かれた色々な本。

自分なりに 考えました。そして 気づきました。
僕は 間違っていたと・・・・

  • 僕が 良いと感じていることも 人によっては 良くないと感じる
  • 僕が 正しいと感じていることも人によっては 正しくないと感じる
  • 僕が 楽しいと感じることも 人によっては 楽しくないと感じる

'人それぞれ 何でもあり 決め付けない 自由で良いんだ!'と言うことに・・・

しかし 気づいたときに 店は 閉店せざるおえない状況に陥ってました。

そして 命と 住むところ意外 すべての物を なくしました。

身から出た錆 受け入れるしかなかった・・・・・・・

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でも何かを 伝えたい こんな お馬鹿な人生を 送ってきた僕にも何か人として 伝えられる事があるのではないか?と言う事だけは 頭にありました。

そして 出会ったのが心理カウンセリング、メンタルセラピーだったのです。

今 僕が行っているアプローチは 心理カウンセリング(認知療法 行動療法 ゲシュタルト療法 催眠療法)の

良い所取りをした 物になっていると感じています。

それは 過去1500回以上のセッション 700人以上のセッションをこなして来た結果だと思います。

僕から出てくる言葉 考えは 僕自身から 今は出てきています。
なので 同じ物ではないと感じています。

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学校でもそうでしょ。 先生から教えてもらっても その後自分の中で使いやすい物にしているでしょ。それと同じです。

僕は 今一人でも多くの人に 楽しんで欲しいと感じています。
'頑張るのではなく 楽しむ!'

そして 多くの子供たちに夢を与える大人としての最初の一歩を踏み出して欲しいのです。

すべての出来事は その人が一つでも 二つでも 上のステージへ行く為のもの 良くなる為のものです。楽しくなる為の物。 


頑張るって苦しくないですか?

じゃあ 楽しんだほうが 楽だよね。楽をするって本当は楽しむ事。 僕と一緒にお喋りして 楽しむ方法を見つけませんか?

その方法を 見つける お手伝いをこれからもしていきます。

もちろん 僕も 楽しみますよ!

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